興正寺
(お寺カフェからの眺め)

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母の妹と連絡が取れなくなった

一昨日、旦那さんがギックリ腰になってしまったので、いつもは旦那さんと2人で行く母(91才)の面会ですが、今日は一人で行ってきました。

2人で喫茶店に行き、そのあとは母の買い物に付き添いました。

喫茶店では、母が「九州の妹から電話がきたのに切れちゃって」と言いました。

掛け直そうとしたけど、履歴に残っていないとのこと。

そこで電話帳に載っている番号にかけみたら、繋がらなかったそうです。

私が母の携帯(ガラケー)を見て確認してみましたが、やはり見当たりませんでした。

きっと、前にもその話を聞いた気がするんですが、最近そのことが急に思い出されたのでしょう。

でも、短期記憶障害の母。
この会話をしながらも、今なんの会話をしていたかを忘れていくんです。

いずれにせよ、どうやら妹と連絡が取れなくなってしまったようなんですが、もし分かったとしても、会いに行くことは叶わないと思っています。

だから、わからないままでも仕方ないと思っているようなんです。

私も叔母やいとこ達とやり取りしていないので、どうすることもできず、、、。

ちょっと悩ましいです。

母の妹たち

6人兄弟の母には、隣県の岐阜と福岡に妹が健在のはず。

6人兄弟で残っているのは長女の母と、その妹たち2人です。

どちらもコロナ前にはまだ時々電話もしていたと思うのですが、今では全く音信不通らしいです。

母は年賀状もやめてしまったし、妹たちも年賀状仕舞いしたのでしょうか、届かないと言っています。

年賀状を受け取った人には電話でお礼をしている母ですが、それもできないわけです。

そんなわけで、「九州の妹さんの携帯に電話をしても繋がらなくなった」と言うのです。

「引っ越した」という話も聞いた記憶があるらしく、でも住所もわからないそうです。

岐阜の妹なら知っているかもしれませんが、母自身、なぜか今はあまり電話をする気力がないようです。

「どうしても会いたい」と母が言うなら、私もなんとかして連絡してみようと思うのですが、そこまでの気持ちは無さそうな感じです。

体力と気力がないのだなと、私なりに理解。

遠く離れては叶わない交流

思えば、母たち姉妹は共に生活した時間は長くて18年(母が結婚した年齢)、岐阜の妹とはひとまわりも違うので、たった6年という短さです。(年齢からの推定ですが)

母の両親が亡くなったのちは、なかなか会う機会が減ってしまったと思います。

岐阜の妹は、大人になって愛知に来て、我が家の近くに住んでいた時期がありました。

それで私は叔母の中では一番懐いていました。

そんな叔母も、岐阜に引っ越してから滅多に会うことはなくなり、今では年賀状すらもしなくなってしまいました。

母も寂しいのでは?とは思いますけど、互いに自分たちの生活がありますからね。

余程、互いに強く「会いたい」と思わなければ、疎遠になってしまうものなのもしれません。

決して仲が悪くてそうなったわけではなくても、自由に動けなくなってしまったので、仕方のないことなんだと思います。

ちなみに、父方の親戚とは、父が亡くなったのちは誰とも交流がなくなりました。

仲の良かった大阪の叔父も亡くなってからは、その義叔母やいとこ達とも疎遠になってしまいました。

「疎遠」と言うより、こちらは「断絶」ですね、、、😢

ただ、私もこの年になって思うのは、それも一つの「縁の形」だったのかなと思えるのです。

『遠くの親戚より近くの他人』とはよく聞く言葉です。

今、高齢者福祉施設で一人で暮らす母を見ていると、まさにそうだなぁとしみじみ思った今日の面会でした。

おまけの話

でも、これからの時代はどうなんでしょう。
SNSを使い慣れているだけに、案外何歳になっても遠くの身内とも交流ができるかもしれませんね。
 

それでは皆さん、今日もお疲れ様でした。
明日もいい日でありますように。

おやすみなさい^^!

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