熊本地震に思うこと。罪悪感や共感疲労と「普通に過ごす」大切さ

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何もできない自分
昨日の熊本での地震は「令和8年熊本地震」と名付けられたそうです。
テレビでは被災地のニュースがひっきりなしに流れています。
でも、今日の私は久しぶりにシニア卓球へ行き、夕方からはカーブスと、一日外に出て体を動かしていました。
会社員時代なら、仕事で影響を受けて対応に追われて忙しい日だったかもしれません。
「その方が、罪悪感を感じなくて済んだのかもしれない」と、ふと思いました、
テレビで被災地の悲惨な状況を知ると、自分が普通に日常を送っていることに、少し後ろめたさを抱いてしまいます。
かと言って、今の自分には何もできません。
ふと、AIに聞いてみました
年齢も性別も書かずに、こう問いかけました。
「熊本地震、大変なことですが、自分は日常生活をのほほんと過ごしていていいのでしょうか」
すると、AIはこう答えてくれました。
『大変な被害が出ているニュースを目にすると、「自分だけがいつも通り過ごしていていいのだろうか」と、胸が痛んだり申し訳ない気持ちになったりしますよね。そのように周りを思いやれるのは、とても優しく誠実な証拠です。
ですが、結論から言うと、あなたが日常生活をいつも通り「のほほん」と過ごすことは、決して悪いことではありません。 むしろ、それこそが今とても大切なことです。
1.過度な「自粛」は社会全体を沈ませてしまう
2.自分のメンタルを守ることも大切
3.「普段通りの生活」をしながらできる小さな支援
被災された方々が望んでいるのは、遠くの誰かが一緒に苦しむことではなく、一日も早く自分たちも「日常」を取り戻すことです。あなたが今ある日常を大切にし、穏やかに過ごせていることに感謝しつつ、元気に毎日を送ること自体がとても価値のあることです。
また、こんな言葉もありました。
『支援していない自分に罪悪感を抱いたり、心が疲弊してしまう状態を「共感疲労」と呼びます。』
これを読んで、胸の中にあった後ろめたさが少しだけ小さくなった気がしました。
遠くからでも「祈る」ことはできる
本当に、気をつけていないと心が疲弊してしまいます。
人は誰しも、生きていれば誰かの助けが必要になる時があります。
「自分は何もできていない」と思っていましたが、元気を出して普段通りの生活を送ることも支援につながると知り、すごく気が楽になりました。
明日からも、できるだけ自分の日常を大切に過ごそうと思います。
そして、遠くからでも心の中で「祈る」ことはできます。
一日でも早く被災地に穏やかな日常が戻りますように。
おまけの話・ニセ情報には気をつけよう
それにしても腹立たしのは、こんな災害の時に出回る「ニセ情報(デマ)」です。
SNSの普及は便利で私も恩恵を受けていますが、不安を煽るような悪質な投稿には憤りを感じます。
これに対して私達ができる対策は「拡散しない」こと。
とはいえ、本当の情報かニセモノかを見分けるのが難しいのも事実。
本当に困ったものですが、惑わされないように気をつけて過ごしたいですね。
それでは皆さん、今日もお疲れさまでした。
明日もいい日でありますように。
おやすみなさい^^!
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