少し前の話になりますが、先日午後休みをした時に、久しぶりに『徹子の部屋』を観ました。
その日のゲストは『森山良子』さんでした。
森山さんは現在75歳。
でも、75歳とは思えぬ、まるで少女のようなハツラツとした笑顔や風貌には憧れます。
誰からも好かれるのは、灰汁のない育ちの良さが滲み出ているからかもしれません。
恵まれた家庭に育った人だけが持っている独特な純粋さと、
雑草育ちなのに純粋に育った人だけが持つ純粋さは、
どこか似ている気がします。
生い立ちなどはネットで調べればいくつも見れますので、こちらでは割愛しますね。
私が森山さんの話を聞きながら思っていたのは、
『やっぱり育った環境と親の影響は大きい』ということです。
彼女は、プロのトランペッターの父親(アメリカ産まれの日系2世)とジャズシンガーの母親のもとで育った影響は計り知れず、幼少の頃からジャズシンガーになると思ったそうです。
森山さん、中学生の時に「高校に行かずプロになる」と言い、親を困らせたそうです。
父親は当然、「高校には行け」と言ったそうです。
ま、それは至極当然ですが、プロになることには反対はせず、逆に、高校に行くなら『プロの声楽家』をつけると言ったそうなんです。
と言うわけで、その頃に指南した声楽家とは、半世紀以上を経た今でもレッスンを受けているというので、一言「すごい!」です😳
『声楽家』かぁ、、、。
一流の歌手になる為とはいえ、声楽家から習うなんて、やっぱり普通の家庭では出来ないことです。
あ!でも私はそれを妬んでいるわけじゃないのです。
そもそも、食べていくだけで必死な家庭とは次元が違うので思いもつきませんし^^;
私が「ん?」って思ったのは、世の中には〇〇家という、『家』のつく仕事もあるんだったってことです^^;
先日、『士』のつく仕事はすごいなぁって、ブログに書きましたが、『家』のつく仕事もすごいなぁ、、、
(あと、『手』とか『師』とかも。)
私はずっと『普通の会社員』(それも事務員)なので、後ろに特別な言葉のつく仕事をする人たちにはお世話になるばかり、、、
でも、『員』のつく仕事だって、巡り巡って社会に貢献しているはず(って、急に自信なくなるけど^^;)。
『家』のつく仕事には、学問もさることながら、芸術や伝統、経験やその部門に関しての知識が絶対的に必要なんだろうなっていう印象。
ふと、
『果たして芸術や伝統が人間が生きていく上で必要なのかどうか。🤔』
なんてことを思ったりしました。
が!
私自身、
知識は乏しいけど、絵画を観るのは好き。(画家)
音痴だけど、歌を聞くのは好き。(音楽家など)
花の名前は知らないけれど、花を見るのも好き。(華道家)
最近は読む暇ないけど、漫画を読むのが好きで、(漫画家)
時間がないので読めてないけど、小説を読むのも好き。(小説家)
絵もいいけど、写真も素敵(写真家)
などなど。
どれもこれものめり込んではいないけど、好きなことは多い^^;
それで、時々『癒し』や『励まし』をもらって日々頑張っています。
つまり自分は楽しませてもらっている側です。
ということは、そんなごくごく普通の生活をしている私でも、『家』のつく仕事をする人たちにお世話になっているんですね。
だから、先ほどの森山良子さんみたいに、歌手で生業をしていく人を陰で支える『声楽家』という仕事もあるんだ、って改めて気がついた次第です。
『家』のつく仕事とは、人の心を豊かにする仕事。
だからこそ、自己中な人には絶対できない仕事。
と、そんな気がしました。
う〜ん、、、『政治家』もそうですか?😐
(知らんけど^^;)
それでは皆さん、今日もありがとうございました。
明日もいい日でありますように。
おやすみなさい^^!
最後までお読みいただきありがとうございました。
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<おまけの一言>
仕事は本当にいろいろあります。
私利私欲に走ると、絶対にいいことない。
これが真理だと思います。(そう思いたい^^;)